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ハルピン犬のこと
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「ハルピン犬」とは何か? 世界的に非公認の稀少なこの犬種は、たとえばつぎのようなものである。
彼らは夕暮れから宵の口にかけてハルピン市内に出没する。場所は決まって市街からやや外れた、それでも天下の大通りの歩道の薄闇あたりである。大きさは50から70センチ。毛は短く薄茶色。すこぶるおとなしく、だれも吠えた声を聞いたためしがない。たいていは仰向けに寝て、四本足を天に突き上げてじっとしている。
そしてハルピン犬の多くが内臓を持たない。破れた腹から、横っちょの道ばたあたりに、ふかふか湯気を立てた自分のハラワタがころがっていても、彼らは全然知らん顔である。
うまくすると、気持ちよさそうに火にあぶられた彼らに、出くわすことがある。青いバーナーの炎を、毛皮ごと皮膚に受けて、じんわり焼け爛れていくさまを見ていると、いつしか体内に吸収した熱量で、まるで雪洞みたいに彼らみずから輝き出すようなのだ。
それでも彼らはじっとしている。そんないじらしく潔い様子は、別に言えば、自分を塑像と化してさらに長い命を得ようとするかの秘密の儀式に似ている。でなければ全身に刺青の針を入れられつつある男女が、美しくなる近未来を想って、今だけちょっと痛いのをグッと歯をくいしばってこらえているようにも見える。
もうおわかりのことと思うが、彼らハルピン犬には、秘蹟を授ける長老、刺青を施す彫物師、つまりそんな人間の親しい相棒が必ず付き添っているのである。ところがその相棒どもときたら、おとなしい彼らとは似ても似つかず、獣のように獰猛で淫乱なのだ。
生涯でたった一度、私が彼らとの偶然の出逢いをよろこんだ時、もちろん千載一遇のチャンスを陰画すべく、私は平身低頭その彼らの相棒どもにたのんだにもかかわらず、やつらはひとりが片手に刃物、もう片手にわが愛するハルピン犬の大腸をにぎりしめ、さらにひとりは青いバーナーの火を激しくふり立てて、私をまるでオオカミがハイエナをそうするかのように追い立てたのである。
ということはこの国でも、彼らを撮影するのがそんなにもいかがわしいくらい、じっさいもう彼らは稀少品種なのだろうか。レッド・データ・ブックにはまだ載っていないようだが、わが国からはとっくの昔にいなくなった彼らは、ここでもすでに絶滅に瀕しているというわけなのか、なんとも危うい気がする。
しかし、見よ、大陸は広い。中国中の野良犬が、聖なる「ハルピン犬」になる素質を持ち合わせていると思えば、まだあと数千年、なんとか彼らはもちこたえるにちがいない。ゆめゆめ油断なく、ぼくらは彼らを見守ろうではないか。
写真:青いバーナーの火浴びを楽しむハルピン犬(→拡大)。ハルピン市 大新街にて。
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