街の二点視法


アヌサワリーからの眺望


 《街の二点視法》は意識して始めるものではない。ある場所に立ちながら、別のあそこから見たらどう見えるだろうとふと思い、その「あそこ」に立ちに行くのである。すこぶる単純で芸のないことのようだが、ときにはこれが案外な困難をともなうことがある。「ふと」思った「あそこ」が、小高い丘のてっぺんだったり(これはよくある。熱帯の炎天下の山登りになる)、また「あそこ」が行ってみると他人の地所だったり、それが川ひとつを隔てた別の言葉を話す国境の向こうだったり……


 とにかく、あまり視線を遠くに泳がせすぎなければ、《街の二点視法》は決してむずかしいことではない。しかもむずかしくない上に、これがなかなか街の妙相を味わうに目をひらかせてくれる。いわば影から見た光、光から見た影であり──うら若い女性の後ろ姿から回って見た正面であり(このとき女の顔を見て興醒めといったのではそもそも街歩きの妙味がわからないのだ、それもまたおおいに興のあることと知るべきだ)──またそれは表舞台から見た楽屋だ、月から見た地球だ、空から見た降雨、便器から見た尻の穴だ、ハイドから見たジキル、鯨に生きたまま呑まれた船員が見た感じた胃壁として存在する鯨──


 ここには虚と実などとは言い分けられないものがある。反面だけが美しいという風景は信用できない。ほんとうに美しい夕陽は、また夕陽の側から見ても美しいのではないか。ほんものの絵は、裏から見てもほんものなのではないか……


 そういうものを目指して《街の二点視法》はある。納得できる二点をさがそうと思えば、誰だって一日中街を歩きまわるにちがいない。そうこうするうちに街と深く交わっているというわけなのだ。


 ラオスの首都ヴィエンチャンは、よくこの二点視法に堪えうる街だった。2月の晴れた日、私はタイの国境の町ノーンカイからメコン川を渡った。そしてオート三輪の後ろに乗り、ものの30分、風に吹かれて田舎道を走ったまま、いつのまにか首都の中心にいた──たしかに首都の中心なのだが、じつに田舎道を走ったままなのだ!


 ラーンサーン通りの真ん中に建つアヌサワリーは、内戦で死んだ戦没者の慰霊塔だ。パリの凱旋門を真似たという事実はどうでもよい。問題は、ここが、ヴィエンチャンの抜けた空気感を視覚化できる、すばらしい眺望をもっているということだ。時には由緒ある仏塔よりこういうものが貴い。それを実感したのは、昼にここから街を望んだ数時間のちのことだった。
 私がラオス随一という金ぴかの仏塔タート・ルアンを見終えて、北東からとぼとぼアヌサワリーまでもどったときのことだ。すでに夕闇がせまっていた。ラオス人のように遠慮がちな交通の流れは相変わらずだった。
突然私は、アヌサワリーのてっぺんの銃眼のような一点に「私」を見たのだった──数時間前の明るい眺望の美しい画布の裏地を、偶然、日没の風景に私は見た思いがした。二つの世界の感応。しかもどちらも美しい。ヴィエンチャンの街がこのとき落着する──《街の二点視法》の完成だった。

アヌサワリーへの眺望

写真上:アヌサワリーからの眺望
写真下:アヌサワリーへの眺望
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