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もともと自然の美しいところは、世間で普通に期待されるような意味では、河も海も美しくない。そこにエコロジーなどという発想がないからである。河川に糞や尿など垂れ流しだし、そこに意外な異物がうち捨てられていることも珍しくない。
だが人はその同じ河で洗濯はするし、行水もする。サンパンという舟を浮かべて生活もする。そこでは水の《青》さえ最良の色とはいえない。茶色に濁っている河は栄養分に富み、人々はおいしい魚がとれると知っている。
よくある絵葉書のような、無菌室な美しさだけが「美しい」といわれるならば、ずいぶん美の観念は堕落したものだ。東南アジアでは、巨大な廃棄物も、河や土に還ろうとして美に協力する。それは違和ではなく調和なのだ。
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