山の民の薫り


黒モン族の家族


 タイの作家ピリヤ・パナースワンの小説『メコンに死す』は、ラオスのモン族の悲劇を描いた極上の名作だ。インドシナ戦争時の、国家をもたないこの山岳少数民族が、どのように差別抑圧され、どのように国家や政治にもてあそばれたか、そのへんのもの悲しい感じが実感的に伝わってくるのは、史実の記録だけではかなわない、きっと小説でなければできない芸当だろう。


 初めてモン族と対面できたのは、しかしラオスではなかった。ヴィエンチャンはもとより、ラオス中部の高地ルアンプラバンでも、タイルー族に会ったが、モン族はいなかった。初対面は、偶然だが、パナースワンの生まれたタイの北の古都チェンマイだった。


 だがチェンマイのモン族はよほど世俗化していた。ドイ・ステープという山の上の黄金の寺院から、やとったソンテウでさらに山奥に進むと、忽然彼らの村が現われ、路傍には小屋をつらねて土産物の数々を陳列し、焼きバナナなど売ってついでに笑顔もサービスする。要するに観光ルートのひとつとなってガイドブックにまで記載され、「モン」というエスニック・アイデンティティをちゃっかり売りに出しているというわけだった。


 二度目のモン族はヴェトナムだった。
 中国雲南省からの山並みは、山から平地に一歩も下りることなしに、ヴェトナム、中国、ラオス、タイ、ビルマを往き来できる。モン族の生活圏である。そして中国国境に近いヴェトナムの山ひだに、美しい棚田をつくって、彼らはひっそりと点在していた。冬は一帯に、一日のうち何度となく霧がかかった。そばにそびえるインドシナの最高峰ファンシパン山(3143m)もめったに拝めないほどだ。しかも熱帯圏にありながら、冬の朝晩はストーブなしには過ごせない。それでも棚田をはしる水路に水は豊富で、水車がまわり、空気は凛と澄み切って、ただただ世界はひっそりしている。


 当地のモン族には二つの種がある。黒い衣装の「黒モン」と、華美な衣装の「花モン」である。もともと、モン族は中国でいう「苗(ミャオ)族」のことで、中国ではそれは「黒苗・白苗・青苗・紅苗・花苗」の五つに大別される。むろんこれはモン側の自称ではないだろう。選別好きな中国人が、モンたちの衣装風体から、名づけることで対象化し、支配下に置こうとしたものと思える。


 「黒モン」の村にも「花モン」の村にも行った。ここでは、ソンテウなどやとえない。ひたすら山道を、そして棚田の畦の勾配をよろよろ歩き進むだけだ。歩きながら、土は悩ましく匂い立った。ところどころ水牛のでかい糞が落ちているが、そんなものはまたたく間に土に融けてしまう。土は、霧からたっぷり水分を得て、どこもトリモチのように粘り、靴を重たくした。そうしてすれ違うモンの小娘たちの小さな足に踏まれ、こねられ、土は発汗し、むせかえるように匂い立った。慣れないきつい精気にあてられたような匂いだった。


 モン族の家は昼なお暗い。日中、いつ行っても、女と子供ばかりで、男たちは、山奥に、木の伐り出しや山菜取りに行っているということだった。そうして女と子供は、一様に物静かで、気恥ずかしさと、ある種の気品をただよわせ、容易にこちらに馴れようとはしなかった。中には露骨にこちらの眼を避ける者もいた。しかし、おおむね彼女たちの物腰は堂々としていた。カメラを向けると、少女は、決してほほえまない強い二つの視線でレンズに応えるし、年長の女をうながして立たせると、しずしずと家族皆でカメラの前に集まるのである。


 それにしても、どの小屋も同じ匂いがしていたものだ。家の木壁のあちこちが、竈のそばでのように煤け、土間の土、いろりの灰、そして近代も国家も関係ない手縫いの重厚な衣装、壁にかかる脚絆や草鞋……それらの一体どこからああいう匂いがしたものかわからない。
 まろやかで、どこか饐えた、樹木質の、古びながら生きつづける熟成の、肺の奥からほっと深い呼吸をよぶ薫り。
 やがて思いあたった。これは、茶の薫り、しかも雲南産のプーアル茶の匂いではないか。あたりに茶葉は見あたらないが、そう、それに相違ない。


 「白茶、黒茶、青茶、紅茶、緑茶、黄茶、花茶」中国茶のそういう弁別を思いおこしておかしくなってしまった。それは、なにやら、まるでモン族のことではないか。つまりは人間も茶も同じセンスで観察命名できる中国人の弁別力。しかし「花モン族」の小屋には花茶の薫りがしたなどと、そう都合のいい話にはなっていない。
 一体、プーアル茶(いわゆる黒茶)は、茶葉による酸化発酵を釜で炒って止めたのち、「渥堆(ウォドゥイ)」という製造過程に特徴がある。高温多湿の環境に、水分を与えた茶葉を積み上げて、微生物を繁殖させ、後からじわじわと発酵を行うのである。
 山から伐り出した木々で建てた小屋。山菜と棚田の作物。水牛の乳と肉。そして美しい刺繍の服地に数百年飼う蚤や虱。冬寒くても、おおむね高温多湿の環境で、彼女ら自身が黒茶のような匂いをたてて発酵していたことを、もちろん不思議に思うにはあたらないだろう。樹木の精とでもいうあの薫り。あれは、今も平地におりることを好まない、モン族という山の民の薫りだ。


 昔の仏蘭西作家を気どるつもりはないが、今でも、夜、うす暗い部屋の中で、熱いプーアル茶をたてて目をつむると、あのモンの小屋の中にふといる気がすることがある。それは自分の心の何かの条件に左右され、成功もし、失敗もする。


山へ帰るモン族
写真上:ヴェトナム『ラオチャイ』の黒モン族の家族
写真下:山に帰る黒モンの女

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